日本の公立図書館におけるBL図書の収集提供に対する人びとの意識

河内ひより*, 唐津日陽*, 秋葉桃子*, 木間礼子*, 髙嶋かなえ*, 髙山みのり*, 山中友紀子*, 片山ふみ*, 野口康人**

*聖徳大学文学部文学科図書館情報コース、**聖徳大学短期大学部総合文化学科図書館・ITコース

 

目次

1. はじめに

 1.1 研究姿勢

 1.2 BL図書を研究対象とする理由と意義

 1.3 研究目的

 1.4 先行研究

2. 研究方法

 2.1 仮説

 2.2 質問項目

 2.3 サンプリング

3. 調査結果

 3.1 回答者の属性

 3.2 公立図書館でのBL図書の収集提供についての意識

 3.3 公立図書館でのBL図書の収集提供についての意識の理由

 3.4 重回帰分析の結果

4. おわりに

参考文献

謝辞

役割分担

 

1.     はじめに

 

1.1 研究姿勢

BLをテーマとした女性研究者が扱う場合、「なぜBLだけ特別視するのか」や「腐女子がBLを擁護したいだけだろう」などという批判を受けることがある。そのため、筆者らはBLというジャンルを特別視したいわけではないということを、まずはじめに強調しておきたい。BLに限らず、特定ジャンルあるいは、特定の性的志向に関わる図書、ジェンダー関連図書、性描写のある図書など、議論すべき事柄は周辺に山積している。これらの議論の第一歩としてBL図書を取り上げたに過ぎない。なぜ第一歩としてBL図書なのかについては次節にて説明する。

また、本研究で実施したアンケートの自由記述欄にみられたが、「このアンケートの背景にはどのような利害関係があるのか」や「どのような活動家が実施しているのか」といった意見に対しては、そのような事実はなく、一大学の一ゼミによる純粋な研究活動の一環であることをお伝したい。本研究の成果が図書館情報学という学問領域において、図書館の自由を考える際、また、図書館での特定ジャンルの取り扱いを考える際の一つの材料になることを期待して取り組んでいる。

加えて、「このアンケートの結果次第でBL本が提供されることになったら嫌だ」といったアンケートの結果による社会的影響を懸念する声もみられたが、本研究の結果が各図書館の収集方針等に直接影響を与えることは考えにくい。もとより、筆者らは価値自由(価値中立)の立場をとる。つまり、図書館がBL図書を提供すべきである、もしくは、提供すべきでないなどという議論は行わない。BL図書提供に対して人びとはどのように考えているのか、賛成派、反対派はどうしてそのように考えているのかという客観的事実を明らかにしようとするものである。

なお、本研究ではBL図書を、「ボーイズラブを題材とした小説、漫画、コミック」とした。また、BLコンテンツを「BL漫画、BL小説、BLドラマなどBLに関する架空の創作物」とした。

 

1.2 BL本を研究対象とする理由と意義

2008年、堺市立図書館で収集提供されているBL図書に対し、匿名市民から廃棄が要求され、約5500冊のBL図書が開架から除去される事件がおきた。この事件を受けて様々な議論がなされてきたが、研究上の発展はあまり見られない。その理由として、図書館の自由との関連から方向性の異なる2つの理由が考えられる。

まず一つ目は、「図書館が特定ジャンルの図書を排除すべきではない」という考えは、図書館情報学上自明のことであり、有害図書指定も受けていない一般流通している一ジャンルを一市民の意見で排除することを是とする発想はなく、ほとんど議論の余地がない問題ともいえるからである。

二つ目は、公立図書館において性表現のあるような資料は提供するべきではないという暗黙の了解がある可能性、つまり図書館におけるポルノグラフィ所蔵に対する観点である。たとえば、日本図書館協会が主催する図書館基礎講座で講師の山口真也は、受講者に「知る自由にポルノグラフィが含まれるのか」を何度も問いかけている。資料利用の目的が、絵画を描くためにヌード写真を参考にすることや、性風俗の研究を行うためといったものであれば納得されやすいが、自身の快楽のための図書館資料の利用となると、図書館側が抵抗感をもつだろうことが、山口氏の講義資料から推察される。このように、少なくとも、日本において、SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)と図書館の自由との議論はあまり活発とはいえない現状がある[1]。また、こうした議論をする際に、ジェンダー的観点は切り離せないものではあるが、その観点のみに立ってしまうと、フェミニズムとバックラッシュ派の対決に終始したり、もっと大きな社会的問題がテーマとなり、ある意味議論が拡散してしまうという現状もある。

また、堺市の事件の際に批判者となった市民は、公共図書館における性表現の扱いを問題視したのではなく、「男性同士が抱き合っている・キスをしている」表紙の資料が破廉恥でセクハラであることを指摘した。加えて、そうした資料を読んだ女性が「真っ当な恋愛、家族形成、子育てができる」のかと批判した。つまり男性同性愛に関連する資料であることに対する批判、女性がそれを読むことに対する批判であった。このことから、一般社会にBL図書の存在そのもの、またBL図書の読者となる女性への問題視があることがうかがえ、他のジャンルと切り離して論じる意義があると考えた。

一方で、同性同士の親密性を描くという観点では百合やGLと呼ばれるジャンルが類似するものとして想起される。しかし、実際のところ、BLはそれらの図書とは根本的に異なるとされている。たとえば田原は、「BLが基本的には恋愛や性愛を描くことを主眼としているのに対して、百合に描かれる関係性は必ずしもそれらに限られない」[2]とする。この背景として「『ある作品が百合か否か』を判断する『基準』というものはどこにも存在しない」、つまり何を百合とするかは個々人に委ねられているのだ。つまり、百合やGLについてのジャンルは、BLよりもさらに複雑であり、同様に語ることが困難であることが予想される。よって、このことについての議論は別稿に委ねたい。さらに、百合専門誌が創刊期から女性と男性双方の支持を得てきたのに対して、BLは主として女性に支持を得て成長したジャンルであるという点にも違いがある。このことは、男性の欲望を基準に構築されてきた近代的なセクシャリティの枠組みにおいて特に重要であると考えられる。男性の性体験の豊富さは推奨されるのに対し、女性の場合は「ふしだら」と非難の対象になるように、性別によって求められる性規範の違いが、BLが忌避されることの一つの要因になっている可能性がある。このことはまさに先述した堺市民の言葉(そうした資料を読んだ女性が「真っ当な恋愛、家族形成、子育てができる」のか)という部分と合致するものである。この点においてもBLを一つの切り分けたジャンルとして論じる意義があると考える。

以上の理由から本研究では、BL図書を研究対象とする。

 

1.3 研究目的

 本研究の目的は、BL図書提供に対して人びとはどのように考えているのか、賛成派、反対派の意識に影響を与える要因は何なのかを明らかにすることである。

1.4 先行研究

本研究に関連する先行研究は、同性愛・異性愛に対する人々の意識を把握する研究、図書館におけるジェンダー資料の扱いに関する研究、図書館におけるBL図書提供に関する研究に大別できる。ここでは、本研究ともっともかかわりが深い、図書館におけるBL図書提供に関する研究について述べる。

堺市の事件の経緯をまとめたものはいくつか存在するが、それらを除き、堺市の事件に着想を得た実践研究として、藤崎ら、金丸らのもの[3]がある[4]。藤崎らは、一般市民へのアンケートとBL図書の所蔵が多いとされる図書館3館(大阪府大阪市立図書館、大阪府茨木市立図書館、滋賀県立図書館書館)へのアンケートによって、提供される側とする側の両面から公共図書館におけるBL図書所蔵について調査し、「利用者の要望に応えることや資料の保存という観点から、BL 小説の所蔵を図書館は積極的に妨げてはならない」との結論を導いている。また金丸らは、BL図書が日本の図書館において有害図書とみなされてしまう現状に問題意識をもち、所属大学における腐女子に対する意識調査と図書館の蔵書調査から、BL資料の望ましい扱いについて考察している。藤崎らや金丸らの研究は、堺市の事件に端を発している点、図書館×BLという点からすると筆者らの研究と酷似するように思われるかもしれない。実際アンケートの質問項目も重なる部分が認められるが、筆者らの研究とは大きく異なる点がある。それは、先行研究が「図書館はBL図書を排除してはならない」という前提に立った議論を行わない点である。「1.2 BL図書を研究対象とする理由と意義」の節でも述べたが、図書館の自由の精神に基づくならば、どうしても出発点はそこに定まってしまう。筆者らは、図書館の自由の精神に基づく図書館業界の常識をいったん措いて[5]、それを考える以前の問題である人々の意識に着目し、問題の所在を捉えなおそうとしている。そして本研究の主たる意義と新規性をそこに見出している。加えて、藤崎らが10代から30代、金丸らが10代から20代と調査対象が絞り込まれているのに対し、本研究は、全年代を対象として調査を実施することで、より公共図書館の利用者層を反映した状況の把握に努める。

また、片山ら[6]は、堺市の事件をめぐる文献のレビューを行い、図書館業界では図書館が収集方針に基づき収集した特定ジャンルの図書を外部からの圧力によって青少年に対して提供を制限しようとしたことを主要な論点とするが、図書館業界外では、公立図書館が性表現のある図書を収集・提供することの是非や、BL図書を排除したことの背景にあるジェンダーの問題が主要な論点となっているという軸足の違いを見出している。この研究は、BL図書をめぐる当時の様子を確認する意味で有用であるが、事件当時と現在では社会状況が変化している。昨今では、LGBTQの推進や社会的関心の高まりから、事件当時とは異なりBL図書が図書館資源として許容されるような認知の変化が進んでいる。パートナーシップ制度導入自治体や、LGBTQの差別を禁止する条例を施行する自治体も増えている。その一方で、2010年以降、BL漫画は多くの自治体で「有害図書」、「不健全図書」として指定され、図書館での収集・提供に強い懸念も生じている。こうした状況は図書館とBL図書に関する継続した議論の必要性を示しており、その意味で図書館情報学上の現代的意義を指摘できる。

そして、本研究の最大の新規性となるのは、独立変数に「性的マイノリティへの意識」を加える点である。これについては、2.1仮説にて説明する。

2.     研究方法

本研究の目的に従い、広く、一般の意見を募るため、Microsoft Formsを利用したwebアンケート調査を実施する。

2.1 仮説

 「どのような要因が図書館におけるBL図書提供への意識に影響を与えるのか」を開かれた仮説とした。従属変数を「公立図書館でのBL図書提供に対する意識」と設定し、それに影響を与える可能性のある要因(独立変数)を、以下の4点に大別した。

      公立図書館の目的・役割に対する意識(媒介変数:図書館勤務経験、図書館情報学課程・司書資格課程履修、子の有無)

      BLコンテンツへの意識(媒介変数:BLコンテンツ観賞経験・観賞歴、経済状況)

      性的マイノリティに対する意識

      先行研究が指摘している属性(性別、年代、居住地、学歴、存在認識)

 公立図書館の資料提供にあたっては、まず公立図書館の在り方に対する意識が影響すると考えられるため、①公立図書館の目的・役割に対する意識の要因を設定した。①についての意識は図書館における勤務経験や図書館情報学課程、司書資格課程履修によって専門的に図書館について学んだかどうかによって影響をうけると考えられるため、図書館勤務経験、図書館情報学課程・司書資格課程履修という要因を媒介変数として設定した。また図書館におけるBL図書提供にあたっては、堺市の事例で、「(BL図書は)子どもに悪影響」という指摘があった[7]ことを踏まえ、子の有無によっても意識に違いが出る可能性があると考え、子の有無という要因も加えている。

BL本提供にあたっては、BL本に対する認知や理解が影響を及ぼす可能性を踏まえ、②BLコンテンツへの意識を加えた。そして、BLコンテンツへの意識には、回答者のBLコンテンツへの観賞経験や、観賞してきた期間、観賞するにあたって必要となる対価(経済状況)も影響を与える可能性があると考え、それらを媒介変数とした。

さらに、海外ではBLコンテンツをめぐる現象が現実の同性愛に対する寛容と関係があると指摘されている[8].日本においても藤本は、かつて「性愛」に力点が置かれていたBLが、『おっさんずラブ』『きのう何食べた?』などに代表されるような男性同士のカップルの「日常」が描かれることによって、人々の意識にさりげなく浸透し、BLというファンタジーと現実のゲイ男性との生活との乖離が埋まる可能性を示唆している[9]。よって性的マイノリティに対する意識と公立図書館におけるBL図書の収集提供に対する意識との影響を探るべく③を独立変数として組み込んだ.

また、性的マイノリティへの意識に影響を与えているとされる性別、年代、居住地、学歴、存在認識[10]が、公立図書館におけるBL図書の収集提供に対する意識にも影響を与えているのかを把握するため④を加えた.なお、ここでいう存在認識とは、性的マイノリティの存在を現実で認識しているか否か、つまり身近にいるか否かを指す.

先述した先行研究では②の部分との関係には意識が向いているが、①③④については検討されていない.特に、人びとがBL図書をジェンダー関連図書と捉える場合は、③④の視点が重要となる.

2.2 質問項目

 上述した仮説を踏まえて、質問項目を設定した。次のリンクより、質問項目を確認することができる。

https://forms.office.com/r/29TQz02Ax3

回答により分岐が生じるため、質問項目確認の際はその点にご留意いただきたい。なお、このアンケートは質問項目の公開用に作成したフォームであり、誤って回答してしまったとしても集計の対象にはならない。

 公立図書館の目的や役割について問う、質問1719の選択肢は、文章が長く、選択肢も多いため、ランダムで表示されるようにし、並び順による回答への影響を減らすように設定した。 

2.3 サンプリング

筆者らの機縁法によって最初の標本を募り、そこから、雪だるま式サンプリングを用いて、回答者を募った。

3.     調査結果と分析

回答者は、400名で、そのすべてを有効回答とした。

3.1 回答者の属性

 回答者の性別、年代、学歴、居住地は図14の通りである。性別は、女性7割が女性であるものの、男性の回答も90名を超えている。その他の性別を選択した回答者は3名であった。年代は、20代がもっとも多かったが、10代から50代まである程度の年齢層をカバーできている。60代、70代は合わせて14名と少なかった。学歴が大学が最も多く、大学院、短大・専門学校・高専、高校と一定の回答を得られている。居住地は海外からの回答と思われる3名があるが、関東圏に偏っていた。

図1

1:回答者の性別

 

図2

2:回答者の年代

 

図3

3:回答者の学歴

 

図4

4:回答者の居住地。

 

3.2 公立図書館でのBL図書の収集提供についての意識

 「あなたは公立図書館(自治体が設置する図書館)がBL本(ボーイズラブを題材とした小説、漫画、コミック)を収集提供することについてどのように感じますか」という質問に対する回答としては、「いいと思う」「どちらかといえばいいと思う」の回答者を合計し賛成派とすると、全体の84%を占めた。どちらかというと良くないと思う、良くないと思うと回答した反対派は、16%であり、多くの回答者が公立図書館でのBL図書の収集提供にポジティブであることがわかる。

 

図5

5:公立図書館でのBL図書の収集提供についての意識

 

 これらの意識は属性情報とクロス集計してみても大きな差異はみられない。

 たとえば、図6は性別と公立図書館でのBL図書の収集提供についての意識のクロス集計結果である。女性に比べて男性がわずかに否定派が多いものの、誤差の範囲といえよう。「その他」と回答した層は特徴的である。女性と男性に20%前後の否定派がいるのに対し、その他の回答者には、否定派が皆無である。ただし、これは、その他の回答者が3名であることを考えると、その他の性別の人は公立図書館でのBL図書収集提供に寛容であるという判断は早計である。

図6

6:性別×公立図書館でのBL図書の収集提供についての意識

図7

7:年代×公立図書館でのBL図書の収集提供についての意識

 

7は、年代と公立図書館でのBL図書の収集提供についての意識である。先行研究の知見では、年齢があがるにつれて、性的マイノリティに対し不寛容になるといわれている。これを踏まえると、年齢があがるにつれて、BL図書に対して抵抗をもつ人が増える可能性が推測されるが、グラフを見る限り、60代、70代と年齢が進むにつれ、否定派は減っている。ただし、60代、70代の回答数が少なかったことをかんがみると、これも結果としては不十分である。

学歴、居住地については割愛する。

 

3.3 公立図書館でのBL図書の収集提供についての意識の理由

 「あなたは公立図書館(自治体が設置する図書館)がBL本(ボーイズラブを題材とした小説、漫画、コミック)を収集提供することについてどのように感じますか」という回答に対して「そのように考える理由として最も当てはまるものを教えてください」という回答の集計が図89である。

図8

8:賛成派の理由

 

図9

9:反対派の理由

 否定派のその他の回答は、「個人的にネガティブな感情があるから」に該当する意見が多く、また、「みていないので解答しようがない」という回答もあったため、除外して考える。賛成派の理由を多い順に3つ挙げると、「LGBTQの理解、多文化共生意識の醸成など、社会に良い影響を与えると思うから」(23%)、「人々が読みたいもの、人気のあるものを提供するのが図書館の役割だと思うから」(19%)、「資料提供にあたって中立性が大切であると思うから」(19%)という結果となった。残り16%の反対派の理由としては、「公立の施設が提供する読書材として不適切だと思うから」(35%)、「BLコンテンツに対して個人的にネガティブな感情をもっているから」(12%)、「税金の用途として不適切だと思うから」(11%)が挙がった。

以上より、BL図書を公立図書館で収集提供することの是非の意識には、賛成派、反対派それぞれの図書館の役割に対する意識や収集されるべきと考える資料の特性が違うことがみえてくる。

賛成派にみられる、公立の施設としての中立性の意識は異性愛と同性愛の中立性という意味であると考えられる。また、賛成派の「人々が読みたいもの、人気のあるものを提供するのが図書館の役割だと思うから」からは資料選択論でいうところの要求論的立場、反対派の「公立の施設が提供する読書材として不適切だと思うから」や「税金の用途として不適切だと思うから」という意見からは、価値論的立場をとる層が多いことがわかる。

さらに、BL図書に対する認識の違いも潜在していそうである。賛成派の「LGBTQの理解、多文化共生意識の醸成など、社会に良い影響を与えると思うから」には、BL図書を性と生殖に関する健康・権利(SRHR)関連図書として位置づける認識が見られるが、反対派の意識からは、「有害図書」、「不健全図書」としての認識がにじんでいる。

こうした図書館の役割や資料選択の立場について考える際、図書館勤務経験や図書館についての専門的学習経験があることによる影響が考えられる。図書館勤務経験や司書課程の履修経験と公立図書館でのBL図書の収集提供についての意識のクロス集計結果が図10である。

図10

図10:図書館勤務経験や司書課程履修経験の有無×公立図書館でのBL図書の収集提供についての意識

n=82)とない人(n=318)では、公立図書館でのBL図書の収集提供の意識に大きな差はみられず、いずれにも賛成派、反対派が似た比率で存在しており、図書館の自由についての理解がBL図書の扱いに対する意識に大きな影響を与えているわけではないことがわかる。

 

3.4 重回帰分析の結果

 ここでは、得られた回答に対し、公立図書館がBL図書を収集提供することへの各変数の影響度合いを分析するため、重回帰分析を行った結果について提示する。

従属変数は質問項目「あなたは公立図書館(自治体が設置する図書館)がBL本(ボーイズラブを題材とした小説、漫画、コミック)を収集提供することについてどのように感じますか。」とした。従属変数の回答選択肢が名義尺度であるため、ダミー変数化し、1良くないと思う、2どちらかといえば良くないと思う、3どちらかといえば良いと思う、4良いと思うとした。

また回答の選択肢をそれぞれ独立変数に質問項目「あなたの最終学歴を教えてください。現在、在学中の場合は、在学中の学校をお選びください。」(以下、独立変数①)「あなたのお子さんの有無について教えてください。」(以下、独立変数②)「あなたの身近に同性を好きな人や、出生時に割り当てられた性と自認する性が異なるという感覚をもっている人はいますか?」(以下、独立変数③)「現実における男性同士の恋愛についてあなたの意識に近いものを選んでください」(以下、独立変数④)「あなたはBLコンテンツ(BL漫画、BL小説、BLドラマなどBLに関する架空の創作物)を鑑賞したことがありますか。ここでいう鑑賞は少なくとも1作品を最初から最後まで読んだり、みたりした場合を指します。」(以下、独立変数)「あなたは一番多くBLコンテンツに接していた時期を想定すると、1ヵ月にどの程度鑑賞していましたか」(以下、独立変数)「あなたのBLコンテンツに対する意識に一番近いものを選択してください」(以下、独立変数)「あなたには図書館勤務経験、もしくは、図書館について専門的に学んだ経験がありますか。」(以下、独立変数)を選択し、それぞれ名義尺度であるため、ダミー変数化した。独立変数①の回答選択肢は1中学、2高校、3短大・専門学校・高専、4大学、5大学とした。独立変数の回答選択肢は1息子と娘がいる、2娘がいる、3息子がいる、4子どもはいないとした。独立変数の回答選択肢は1いない、2そうかもしれない人がいる、3いるとした。独立変数の回答選択肢は1全く抵抗はない、2あまり抵抗はない、3やや抵抗がある、4非常に抵抗があるとした。独立変数の回答選択肢は1ない、2あるとした。独立変数の回答選択肢は1 その他、2 1作品~4作品、3 5作品~9作品、4 10作品~19作品、5 20作品~29作品、6 30作品以上とした。独立変数の回答選択肢は1非常に嫌いである、2どちらかといえば嫌いである、3どちらかといえば好きである、4非常に好きであるとした。独立変数の回答選択肢は1ない、2あるとした。

相関行列表を観察した結果,|r|>0.8となるような変数が独立変数と独立変数の間で見られたため、独立変数を重回帰分析から除外した。VIFは全て10.0未満であり多重共線性には問題がなかった。ステップワイズ法(変数増減法)による重回帰分析の結果は以下の通りであった。

 

モデル

非標準化係数

標準化係数

有意確率

B95.0%の信頼区間

共線性の統計量

B

ベータ

下限

上限

VIF

独立変数④

-0.255

-0.261

0.000

-0.349

-0.161

1.027

独立変数⑥

-0.102

-0.117

0.017

-0.187

-0.018

1.027

ANOVA p<0.05, 調整済R2=0.067

       

 

重回帰式の適合度の評価については、ANOVA(分析分析表)の結果は有意で、調整済みR20.067であったため、適合度は低いと評価した。公立図書館のBL図書の収集提供することへの印象は、独立変数以外の他の要因による影響もあるといえる。残差分析については、ダービン・ワトソン比は1.73であり、実測値に対して予測値が±3SDを超えるような外れ値も存在しなかった。

従属変数に影響を与えているのは独立変数④と⑥であった。それぞれ「現実における男性同士の恋愛についてあなたの意識に近いものを選んでください」と「あなたは一番多くBLコンテンツに接していた時期を想定すると、1ヵ月にどの程度鑑賞していましたか」である。独立変数の内容から、現実における男性同士の恋愛について抵抗が少ない人ほど公立図書館におけるBL図書の取り扱いを許容するといえる。この結果は順当といえるであろう。現実における男性同士の恋愛を許容する考えをもつ人ならば図書館におけるBL図書を有害とは考えないと直感的に理解できる。また、意外であったのは独立変数⑥の非標準化係数は負の値となっていた点である。この結果からBLコンテンツの鑑賞経験を持つ人で鑑賞数が少ない人(9作品以下)ほど公立図書館におけるBL図書を許容する傾向をもつということになる。逆に鑑賞数が多い人の中には公立図書館におけるBL図書を許容しない考えをもつ人も多くなるということである。自分自身がBLコンテンツに多く接している人ほどBLコンテンツへの意識も強いものと考えられるが、その強い思いが「あくまでひっそり楽しむもの」、「他の人に知られたくない」、「後ろめたい」、「公共の場にそぐわないもの」という意識に繋がるのかもしれない。

 

4.     おわりに

本研究では、公立図書館におけるBL図書提供に対しての人びとの意識やその意識に影響を与える要因を明らかにする目的で行った調査研究の成果報告を行った。公立図書館でのBL図書収集提供に賛成したり、反対したりする意識には、BL図書に対する認識(LGBT関連図書やSHRH関連図書ととらえるか、有害図書・不健全図書ととらえるか)や公立図書館の役割に対する意識(資料選択において要求論的立場とるか価値論的立場をとるか、知る自由を保障する役割を重視するか公的な教育機関としての配慮を重視するか)、現実の男性同士の恋愛に対する意識などの項目が影響を与えていた。これらの影響要因について指摘した先行研究はなく、本研究の新規性といえる。とりわけ、現実の男性同士の恋愛に対する意識と公立図書館でのBL図書収集提供の正の相関は、日本においてもBL図書がファンタジーではなく、現実の男性同士の恋愛の認知、理解に貢献する可能性を示す重要な結果であると考えられる。

また、片山ら[5]は、図書館業界と図書館業界以外では、論点に違いがあることを指摘しているが、本研究では、図書館業界内でも意見の相違がある可能性が示唆された。BL図書の公立図書館での提供をめぐっては、「図書館の自由」を学んだ、あるいは勤務経験として理解している場合であっても抵抗をもつ層が一定数存在し、議論の余地の残る資料だといえる。

今後の課題として、BL図書の定義に「商業出版物」という表現を含まなかったことによる誤解(自由記述欄に「著作権の怪しいものを図書館におくべきではない」)があったことや、回答者それぞれのBL図書への認識の差が強い影響を与えている可能性などを踏まえ、筆者らが定義を厳密に明示すること、また、回答者自身のBL図書の定義を確認することによって、精緻な分析が可能になると考えられる。さらに、本研究では、BLというジャンルを扱うため、特に同性愛と異性愛という点に着目したが、LGBTQ関連図書との議論に発展させる場合は、アセクシャルや、アロマンティック等を想定した質問項目が必要になる。

調査手法についても、母集団を日本の公立図書館の利用者層≒一般的な日本人と想定したが、webアンケート調査や機縁法による標本の偏りが見られたため、再検討していく必要がある。

また、今回アンケート調査で回答をえられているが、分析しきれなかった点も残されている。たとえば、本研究の重要な成果として、現実の男性同士の恋愛に対して抵抗がない層ほど、公立図書館でのBL図書収集提供に寛容であるという結果が得られているが、この点については、詳細を問う質問では図11のような結果も得られている。同性愛に対して抵抗がないと考えていても許容範囲は人それぞれであり、実際にどの程度抵抗がないのかによって複雑な分析が可能となるだろう。

図11

図11:男性同士の恋愛にかかわる詳細な意識

今後、上記の観点を加えて精緻な分析を行うととともに、より新規性の高い独立変数の設定を含めて、研究の発展を目指したい。

 

参考文献

[1]        山口真也. “4講「図書館の自由」を基礎から学びなおそう!:プライバシー保護と資料収集・提供の自由”. 日本図書館協会.

https://www.jla.or.jp/Portals/0/data/iinkai/seisakukikaku/20210208onlinejiyuu.pdf, (参照 2024-8-28).

[2]        田原康夫. “BLと百合,近くて遠い2つの世界”. BLの教科書. 有斐閣, 2020,p.75.

[3]        金丸早希, 角田裕之. BL」資料の図書館での扱い : 小説における「腐女子」が好む属性の傾向の調査を通して. 日本図書館情報学会研究大会発表論文集. 2013, (61), p.77-80./藤嶋紫姫, 新藤透. 公共図書館に於ける所謂「BL小説」の所蔵について. 図書館綜合研究. 2015, (15), p.57-65.

[4]        このほかにも、図書館におけるBL本提供を題材に社会的問題に発展させた研究も存在する。たとえば、社会学者の堀は、BL本の性表現が社会問題化した事例のひとつとして、堺市のBL図書排除事件に言及している。大阪府のBL有害図書指定といった出来事も取り上げながら、性表現が社会のあり方とつながっていること、つまり現代社会にも残る性の二重基準やジェンダー非対称と、BLの存在やBLの愛好は無関係ではないことを主張している。堀あきこ. “社会問題化するBL:性表現と性の二重基準”. BLの教科書. 有斐閣, 2020,p.206-220.

[5]        なお、問題の核心に迫るために、研究姿勢として距離をとるのであり、図書館の自由の精神を軽んじるわけではないことを申し添える。

[6]        片山ふみ,坂本俊. 堺市立図書館におけるBL(ボーイズラブ)図書の規制を取り巻く論点の整理. 研究紀要. 2025, no.35,ページ未定.(掲載決定)

[7]        “「市民の声」QA: BL図書を購入した趣旨や目的,またこれまでに購入した冊数及び購入費を教えてください”. WARP.

https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/284842/www.city.sakai.osaka.jp/city/info/_shimin/data/5374.html, (参照 2024-8-28).

[8]        BLが開く扉: 変容するアジアのセクシュアリティとジェンダー. 青土社, 2019.
によると,タイ社会ではBL人気は「現実上の同性愛に対する寛容性の向上に貢献している」(p.208).また,アジアで初めて同性婚が正式に認められた台湾では,その成立を求める運動にBLファンが積極的に協力したことが報告されている(p.217239).トーマス・ボーディネットは,日本のBL消費者である中国人ゲイ7名を分析し「BLは同性愛は危険,非正当,変態であるとする言説とたたかうための潜在的な力をもっている」(p.188)と指摘している.

[9]        藤本由香里. “『おっさんずラブ』という分岐点”. BLが開く扉: 変容するアジアのセクシュアリティとジェンダー. 青土社, 2019, p.131-150.

[10]     次に挙げる文献でこの点が指摘されている.釜野さおり. 同性愛・両性愛についての意識と家族・ジェンダーについての意識の規定要因: 性的マイノリティについての意識:2015年全国調査から. 家族社会学. 2017, 29(2), p.200-215. 釜野さおりほか. “性的マイノリティについての意識:2015年全国調査報告著”. 広島修道大学. https://alpha.shudo-u.ac.jp/~kawaguch/chousa2015.pdf, (参照 2024-10-11)./中澪. 同性愛に対する意識: JGSS を用いた規定要因分析と要因分解. 研究論文集. 2021, 19, p.115-126.

 

謝辞

本研究のアンケート調査にご協力くださったすべての皆様に心より感謝申し上げます。また、本研究の中間報告(片山ふみほか. “公立図書館におけるBL図書の収集提供に対する人びとの意識:アンケート調査の中間分析”. 情報メディア学会第26回研究会発表資料. 大妻女子大学千代田キャンパスG525教室, 20241102, 情報メディア学会. 2024, p.7-10.)の際に、数々の有用なご指摘をくださった学会員の先生方にもこの場を借りて深く御礼申し上げます。

 

役割分担(CRediT rolesに基づく)

Conceptualization:河内ひより、唐津日陽、片山ふみ

Data curation:河内ひより、唐津日陽、秋葉桃子

Formal analysis:野口康人(重回帰分析)、片山ふみ(単純集計、クロス集計

Investigation:河内ひより、唐津日陽、秋葉桃子、木間礼子、髙嶋かなえ、髙山みのり、山中友紀子、片山ふみ、野口康人

Visualization:髙山みのり(ポスターデザイン)

Methodology;片山ふみ

Project administration:片山ふみ

Supervision:片山ふみ

Writing – original draft:片山ふみ(3.4節以外の箇所)、野口康人(3.4節)

Writing – review & editing:片山ふみ、野口康人、河内ひより、唐津日陽、秋葉桃子、木間礼子、髙嶋かなえ、髙山みのり、山中友紀子

対象
どなたでも
イベントの有無
無し
担当者
片山ふみ
記入担当者
片山ふみ
電話
047-365-1111
メールアドレス
katayama@wa.seitoku.ac.jp
FAX
047-363-1401