公立図書館におけるヒ素調査と安全対策
―八郎潟町立図書館の事例から―
八郎潟町立図書館(秋田県南秋田郡)はJR八郎潟駅前の複合施設「八郎潟町えきまえ交流館はちパル」内にあります。約3万5千冊の蔵書を有し、広域利用の図書館として町内外から広く活用されています。2026年のはじめに、職員が一部の和装本や古地図の表紙にはヒ素を含む色材(石黄)が使用されているという話をX(旧Twitter)で見聞きしました。気になって調べたところ、国際日本文化研究センター(京都府京都市)に専門家の方がいることが分かりました。そこで、所蔵資料による健康被害リスクを抑制するため、専門家に相談しながら、資料の科学分析を実施するとともに、安全対策に取り組むことにしました。地方の小さな公立図書館である八郎潟町立図書館が、どのようにヒ素含有資料の調査と安全対策を行ったのか、写真とともにわかりやすくご紹介します。
Step.1 専門家に相談
まずは、ネットで「和装本 ヒ素」などのキーワードで検索。国際日本文化研究センター特任准教授の馬場幸栄先生に行きつく。図書館総合展のポスター発表や新聞記事等を読んだ上でメールで相談1,2,3,4。ヒ素を含む図書資料の調査方法や安全対策について、とても丁寧なお返事やアドバイスをいただく。
Step.2 防護具の用意
アドバイスに従い、①資料を入れるためのポリエチレン製の密封袋、②使い捨てニトリル手袋(粉なしタイプ)、③使い捨て防塵マスクを購入。ヒ素を含む資料を収納する鍵付きキャビネットも用意したかったが、予算・スペースの問題で現段階では購入に至らず。当面は、ヒ素を含む可能性のある資料を密封袋に入れることとした。
Step.3 書庫の調査
表紙等が「黄色」「緑色」に着色されている江戸・明治期の冊子本・地図・錦絵がヒ素を含む可能性が高いとのことなので5,6,7、手袋とマスクを着けて閉架書庫(以下「書庫」)をブラウジングして現物を調査し、地図を含む38点の資料をヒ素を含む可能性のある資料として選び出し、密閉袋に入れた。また、資料を抜いた後の棚を清掃した。
Step.4 リストの作成
選んだ資料のリストをエクセルで作成した。38点の内訳は、冊子本が26点、地図が12点。当館は江戸・明治期の図書資料が少ないため作業にあまり時間がかからなかった。古い地図は多かったものの、ヒ素を含む石黄が広く使われていた18世紀中頃から19世紀末(江戸時代後期~明治時代中期)の資料は思ったほど所蔵していなかったので、その点も改めて確認でき、よい機会となった。
Step.5 資料の科学分析
書庫にある江戸・明治期のコレクションを馬場先生と一緒に再調査した結果、錦絵1点が追加され、分析対象は39点となった。非接触よりも接触のほうが高い精度で測定できるそうなので、接触型の蛍光X線分析を馬場先生に実施していただいた。X線による被ばく事故を防ぐため、分析中、図書館職員は半径2m以内に立ち入らないようにした。39点のうち31点からヒ素が検出された。
Step.6 保管方法の見直し
ヒ素を含む資料が存在することが確認されたので、書庫等を馬場先生と見て回り、最適な保管場所・保管方法についてアドバイスをいただいた。資料にカビが発生すると、カビ除去作業や有害ガスによりヒ素中毒リスクが高くなるそうなので、カビ対策を強化することにした。温湿度を24時間モニタリングできるデータロガーの設置と、室内環境の影響を受けにくくする中性紙製大型保存箱の使用を勧められた。
Step.7 館内の情報共有
中性紙製大型保存箱が用意できるまで、ヒ素を含む資料は密封袋に1点ずつ収納したうえで、ダンボールに入れて書庫で保管することにした。その箱には赤い文字で目立つ大きな注意書きを貼り、ヒ素を含む資料であることが、すべての職員にすぐに分かるようにした。また、蔵書管理システムに新たな保管場所「ヒ素閉架」を登録し、検索した際にひと目で分かるようにした。
Step.8 利用者への注意
たとえヒ素を含む資料であっても、死蔵は避けたいところ。そこで、どうしても当館の現物を閲覧する必要があるという利用者がいれば、十分に安全に配慮した上で提供することにした。こちらもアドバイスに従い、該当する資料1点ずつに、注意書きの紙を添えることにした。注意書きには、ヒ素を含んでいることだけでなく、ニトリル手袋の着用と利用後の手洗いを推奨することや、当館に手袋が用意されていることを記した。
Step.9 デジタル化
デジタルアーカイブであれば利用者が現物に触れることがないため、ヒ素を含む資料であっても、気軽に閲覧してもらえる。そこで、今後は利用者に対するデジタルアーカイブの紹介もサービスのひとつとして積極的に行っていくことにした。国書データベース8(上の写真)や国立国会図書館デジタルコレクションなど様々なデジタルアーカイブを活用する予定である。あわせて、自館資料のデジタル化も進めていきたい。
参考文献
1. 馬場幸栄, 「古い洋書に含まれるヒ素 その歴史と特徴, 第25回図書館総合展ポスターセッション」, 2023年10月24日-26日, https://www.libraryfair.jp/poster/2023/153(最終閲覧日2026年10月13日).
2. 馬場幸栄, 「ヒ素を含む図書の安全対策 図書館で働く人々と利用者をヒ素中毒から守るために」, 第26回図書館総合展ポスターセッション, 2024年11月5日-7日, https://www.libraryfair.jp/poster/2024/262(最終閲覧日2026年10月13日).
3. 藤本幸大, 「古書表紙の『ヒ素』顔料にご注意、国内でも約20冊確認…触れたり粒子吸い込んだりすると中毒の恐れ」, 読売新聞オンライン, 2024年12月25日, https://www.yomiuri.co.jp/national/20241225-OYT1T50093/
(最終閲覧日2026年10月13日).
4. 馬場幸栄, 「ヒ素を含む和書 図書館に潜む有害物質」, 第27回図書館総合展ポスターセッション, 2025年10月22日-24日, https://www.libraryfair.jp/poster/2025/262(最終閲覧日2026年10月13日).
5. 江南和幸 他, 「江戸末~明治期の浮世絵,版本の彩色に用いられた石黄について」, 『平成16年度古典籍デジタルアーカイブ研究センター研究成果報告書』, 2005, pp.80-91
6. 大和あすか, 「浮世絵版画における天然および人造石黄の使用事例と流通状況に関する一考察」, 『文化財保存修復学会誌』, 66, 2023, pp.11-29.
7. 馬場幸栄, 「ヒ素を含む色材が使われた明治時代の図書資料」, 『日本農学図書館協議会誌』, 219, September 1, 2025, pp.16-23.
8. 「改正日本地誌略字引」, 国書データベース, 国文学研究資料館, https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100387054/3?ln=ja(最終閲覧日2026年10月13日)